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塩屋崎灯台

昨日は久しぶりに写真撮影へと出掛けて参りました。 土曜日の夜、皆既月食が始まろうとする頃、いつも写真撮影にお付き合い頂いている仲間に携帯メールで誘い水を掛けてみるww 旨いことにサッチンさんが食い付いてくれたので、ありがたく拉致らせて頂く事にします(^o^)

お仲間Bloggerの「行雲流水~サインポールの向こう側2」 (URL) のAuthor・horikoshiさんにイタ電してみたら、思い切り想定外の場所で皆既月食の撮影をしていた!Σ( ̄△ ̄∥) その発想力と行動力には、敬服するばかりなのですが、今にも雪がチラつきそうな中、その“某所”へと追い掛け合流する勇気は湧かず(^◇^;)ゞ 事の真相は、きっと後に記事挙げされるものと思われます。

horikoshiさんは日曜日もお仕事なのですが、あわよくば「仕事が間に合う時刻までに送り届けるから♪」誘き出して拉致ろうと算段したのですが、「この時期の日の出は遅いから無理ですよ(^^;)」とアッサリ逃げ切られましたww 残念だけど仕方ないです。 ボクと違って、彼は仕事に対してずっとストイックですから・・・<(; ^ ー^)

さて、その日の出の遅い時期を利して、3:00出立でサッチンさんをお迎えに上がり、郡山東ICから磐越自動車道を東進。 いわき中央ICで降りて向かうは「薄磯海岸」です。 途中R6バイパスへの合流で、うっかりルートをミスしてしまい、遠回りする事となってしまったのですが、そのお陰と言うべきなのでしょうか、覚悟はしていたけれど津波にのまれて破壊され尽くした集落を通ることとなりました。

震災・津波から9ヶ月が経過し、種々の映像で光景は見ていたハズなのですが、建物の基礎しか残っていない集落に差し掛かりますと、私もサッチンさんも胸が苦しくなるようなプレッシャーに苛まれます。 ホントに私達は津波被害を受けたエリアで、写真撮影なんて行って良いものなのだろうか? 以前から何度も考えてはいましたが、現場に立った人にしか感じ得ないインパクトは凄まじいものです。

いくつかの集落を縫って、「薄磯海岸」へと到着します。 ほとんどの建物は無くなっており、人の気配さえ感じられません。 実はこの海岸線でも名所として知られる「塩屋崎灯台」も被災していたとは知りませんでした。 ほんの一週間ほど前に、ようやく復旧となり、再び灯台の火が灯ったそうです。

ボクはこの灯台が点灯しているところを撮影したことがありませんでしたので、たっての願いでサッチンさんにお付き合い頂いた次第です。 まるで荒野のように変わり果ててしまった海沿いの路肩に車をデポして、撮影機材のセッティングを進めます。

カメラの電源をオン!

んっ???(゚ー゚*?)

電源、入んない・・・(@゜Д゜@;)


(暗闇の中で懐中電灯の明かりで再確認 ゴソゴソ)

あっ?!! バッテリーを充電器にさしたまま忘れてきたぁ~!ノ( ̄0 ̄;)\

なんたる失態(+_+。) 昨夜、バッテリーの目盛りが一つ下がっていたから、念のためにチャージャーにさしたんだorz あれだけ自分に忘れないようにと言い聞かせていたのに・・・ サッチンさんも同じくNikon使いでして、予備のバッテリーを融通して下さろうとしましたが、実はD7000以降はバッテリーの互換性が無くなっているためアウトo(T△T)o

このままではサッチンさんのお抱え運転手になるだけだった無芸ですが、サッチンさんがデジイチを2台携行しておられましたもので、1台(D90)を貸し与えて下さる事となり、一先ずは首の皮一枚で助かった無芸です(^▽^;)ゞ

復興の光
[2011/12/11 復興の光] <↑ Clickで拡大>

午後5時から撮影開始。 基本設定が全く違うサッチンさんのD90を御しながら、何カットか撮っていきますと、実は初めて使わせて頂いたカメラなのに、妙にシックリと来るんですね(o・ω・o) その原因が何であるかと言えば、前の愛機D80と極めて近似性が高いからでした。 そりゃあ2年以上手なずけて来た愛機でしたので、多少の違いはあろうとも、基礎的な使い勝手が延長線上にあったのは幸運でした。

誰もいない海
[2011/12/11 誰もいない海] <↑ Clickで拡大>

海水浴の監視所は基礎部分まで波に洗われていました。 以前から砂浜の浸食は進んでいたと思いますが、もしかするとこの浜でも大地震による沈下が発生していたのでしょうか?

夜空の星と砂浜と
[2011/12/11 夜空の星と砂浜と] <↑ Clickで拡大>

皆既月食がほんの数時間前に終わったばかりの月は、完全な満月であり、強烈ってくらいに明るく輝いていました。 そのお陰と言うべきでしょうが、月の光に照らされて、まだ夜も明けぬ巷が映し出されます。

必ず届く光
[2011/12/11 必ず届く光] <↑ Clickで拡大>

もともと盆地生まれで盆地育ちの無芸。 こんな大津波なんて想像を絶する光景だった訳でして、実は海岸線に近づく事さえも、一類の不安が心の中に宿っております。 車内ではずっとラジオをかけたままにして、情報の聞き漏らしなどが無いように心掛けておりました。

防波堤のコンクリートなど、いともたやすくなぎ倒した津波の威力を目の当たりにし、海岸へと降りる金属手摺りもまるで飴細工のように変形し、切り裂かれていました。

岬の上に建てられている「塩屋崎灯台」は、大地震による被害で一時はその灯火を消していましたが、11月30日より再点灯出来るようになりました。 岬自体に地震による損壊があるらしく、現在は一般の立ち入りは禁止されています。 約9ヶ月ぶりに点灯された名灯台の明かりに、きっと地元の皆様方は喜んでおられる事と思います。

月夜のレクイエム
[2011/12/11 月夜のレクイエム] <↑ Clickで拡大>

転じて薄磯海岸の集落へと目を移せば、全く家という家は残っていません。 既に大方のガレキは撤去されていますので、被災直後のビデオ動画に比べたら、圧倒的な悲惨さは伝わりにくくなっていますが、建物の基礎しか残らなかった景観は、ある意味凄味さえ感じさせられます。

荒廃からの一歩
[2011/12/11 荒廃からの一歩] <↑ Clickで拡大>

現在は新しい建物を同じ場所に建設する事は自粛させられているようです。 そんなこの町にも、灯台の灯火で再び映し出されました。 良いカタチで住民の皆様が納得出来る復興が進む事を祈るばかりです。