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ご厚情感謝! インターネット回線復旧しました。

本日[2011/09/26]昼前、ようやくインターネット回線が復旧しました。 その間、当Blogを通じて、かくも沢山の励ましをお寄せ頂き、誠に感謝に堪えません。 また、直接お電話を下さった方、携帯メールにご発信下さった方、超遠方より「お手伝いに来ました!」と支援に駆けつけて下さった方、本当に本当にありがとうございました(。>_<。)

この地に生まれ育って半世紀。 かくも甚大なる水害に見舞われたのは初めてのことです。 同じく、市内各所でも同様の、否、これ以上の被害を被ったエリアもございます。 被災なさられた皆様方には、心より御見舞申し上げますとともに、互いに一日も早い復旧を目指しましょう!

9.21水害
[翌朝22日5:45 うねめ通りの通行規制解除 ピーク時は路肩の泥の後がある辺りまで冠水していました]

拙宅が水に飲まれたのは21日の23時頃のこと。 台風の雨も峠を越して、20時頃には無芸の仕事場の前を通る通称・うねめ通りの冠水も、徐々に引いていたハズでした。 22時頃だったでしょうか、やたらと消防車が近くに集結し始めまして、消防情報のテレフォンサービスで確かめてみますと、道路向かいの“若葉町で水害が発生”とのこと。 

まだこの時点では、私達の住まうエリアでは、まさか近くを流れる逢瀬川が、オーバーフローしているとは知る由も無し。 普段の無芸でしたら、この時点で現場の確認に足を運ぶところだったのですが、夕刻の段階で駐車場にデポしてある愛車が、通り道の冠水で出せなくなりそうと言う事で、救出を図っておりました。 道路は既に膝辺りまで冠水しており、果たして巧く救出出来るか?ってくらいスリリングだったのですが、運良く脱出させる事が出来ました。

9.21水害
[翌朝22日5:50 車を救出した時は、丁度電信柱の辺りまで水に覆われていました]

ところが微妙にヤバそうな場所に、女性ドライバーの車が駐まっていまして、危険だから移動をとそくしますと、エンジンが掛からないと言います。 まだ台風の雨が降りしきる中、御所近所様の手を借りて、この車を手押しで高い場所まで押し上げて安全を確保。 そんなこんなで、ずぶ濡れになった無芸、道路の水も引いていたのに、わざわざ現場を確認に行くキモチになれなかったというのが事実です。

9.21水害

23時頃になって、うねめ通りが再び浸水しまして、その勢いが一気に増水ってくらいで、ここにきて初めて事の重大さに気付いた次第。 この時点で既に無芸の仕事場のシッターまで浸水しており、下手に開放すればどうなるか分からない。 しかもその水位はこれから上がるのか下がるのかさえ予想出来ない状況でした。

台風の雨風は既に過ぎ去っているのに、どうして今頃?? 若葉町の水害発生地点とは、建物に遮られていて目視出来なかったのですが、無芸家からは直線で200mも無いくらいの場所でした。 消防署、消防団の皆さんが懸命にオーバーフローしている川の水を土嚢で止めようとしますが、肝心の土嚢が全然足りません。

阿武隈川沿いの郡山市南東部エリアが、大規模水害に見舞われていたとは、この時点ではまた知る由もありませんでした。 そうこうしているうちに、無芸家の電源が落ちます。 どうやら浸水で漏電ブレーカーが作動したようです。 程なく消防署から、近隣一帯に「避難指示」が発せられました。

かなり危険な状態と言いますから、最悪の場合、逢瀬川の堤防が決壊する事にあり得たのかも知れません。 無芸家よりも低地になっている宅地では、床上浸水が続発しておりまして、脱出に際してもボートが必要なほどだったそうです。

9.21水害
[翌朝22日5:50 お向かいのマンションは、地下駐車場が完全水没]

初めて避難経験を致しましたが、役所と消防団のメンバーさんが避難所となった高校の体育館で待機していてくれまして、毛布と飲料水を提供してくれました。 そこに避難した住民は決して多くはありませんでしたが、実際に体育館の床に一枚の毛布というのが、どんなものであるのかを体験させて貰いました。

緊急時のことですから、それをどうこうって話ではありません。 知っての通り、先の震災と原発事故により、棲み家を失ったり脱出を余儀なくされた方々は、こんな環境下で数ヶ月過ごされたんですね。 辛い話ですが、体験してみないとその立場は理解出来ないって事を改めて知りました。