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2011年夏旅 古都金沢へ行こう! その3

「兼六園」の隣にある「金沢城公園」は、前田家で栄えた加賀百万石の象徴的な城跡です。 平成13年より一般公開が行われるようになり、石川県を挙げての整備事業も、粛々と続けられています。 以前無芸が金沢を訪問した時には、まだ一般公開となっていませんでしたので、ようやく機会を得た訳です。

金沢城公園 石川門

「兼六園」と向かい合うのがこの「石川門」です。 石畳のように見えるこの道は、実は歩行者用の橋でして、下には計4車線の交通量の多い車道が貫いています。 石川門の両翼にある太鼓塀は解体修理が行われており、平成25年に修復が完了するそうです。

金沢城公園 石川門

こんな美しい漆喰塀のあるお城なんて初めてです♪ 金沢城の歴史を紐解いてみますと、常に火災により焼失を繰り返していた訳でして、この石川門は1788年(天明8年)に再建されたそうです。 うぅ~~、何だかお城が楽しくなって来ましたヨ♪

金沢城公園 石川門

立派な門の鋲一つにも、物造りの面白さが溢れ出ていて、門に貼り付いて写真撮りをしていたら、無芸大食妻と娘が他人のフリして遠く距離を取っていました ||*) ≡サッ

こっ、これはマズい・・・Σ( ̄□ ̄;) デジイチを手にしていると、ついスイッチが入ってしまいます。 今回はあくまでも家族旅行だと自分に言い聞かせまして、奇人行動を以後慎む事にします。

金沢城公園 河北門

三の丸北園地を奥へと進みますと、再建公開されたばかりの「河北門」「二の門」の威容に目が釘付けとなります。 この「二の門」の内部は公開されておりますので、誰でも見る事が出来ます。

金沢城公園 河北門より望む新丸広場

「二の門」に登りますと、眼下には新丸広場が見えます。 写真で捉えきれないほどの広さがありまして、サッカー場が3面は取れるであろうと思います。 その昔はここに重臣達の住まいがあったそうですが、徐々に手狭になった為に、城外に居を移したと言います。

金沢城公園 河北門

この「河北門」が金沢城の正門だったそうです。 再建されて間もないので、石垣の色がクッキリと違っています。

金沢城公園 河北門より望む菱櫓

奥手には「五十間長屋」「菱櫓」が見えます。 とにかくそのスケールの大きさには舌を巻くばかりでして、夏の強い日差しに照らされて、体力的には結構キツいのですが、ついつい先へ先へと足が進みますww

金沢城公園 三の丸広場から望む橋爪門続櫓

二の丸へと進むには、本来は「橋爪門」を通る事になりますが、こちらはまさに現在進行中の再建作業中。 迂回する道が付けられておりまして、「鶴の丸土塀」を回り込んで進みます。

金沢城公園 橋爪門続櫓

「橋爪門」は既に「一の門」は復元されておりますが、「二の門」がこの通り復元中です。 これが完成した暁には、橋爪門を通って「五十間長屋」を巻いて、二の丸広場へとの進むルートが完成します。

金沢城公園 橋爪門続櫓

北陸新幹線が開通する予定の平成26年の完成を目指しているそうです。 この事業は石川県の国際観光誘致の非常に大きな位置づけになっているようで、多額の調査費用・再建費用を長期間に亘って掛けているようです。 そのスケールの大きさには驚かされるものがあります。

石川県の人口は120万人にも満たないのですから、本県の60%くらいです。 金沢市の人口だけでみれば48万人です。 でもその中身に接してみますと、観光誘致のキモ入り具合は桁違いのものがあります。 観光誘致の国際化という意味では、より京都に近いと思います。 このレベルの高さは、東北各県のどこも太刀打ち出来ないものです。

金沢市の観光協会とかも強烈に牽引しているのでは無いかと思いますが、福島県も手本にすべき事が沢山あるように思えます。

金沢城公園 極楽橋

観光ボランティアさんもしっかりと活躍されていますが、立て札とかインフォが取り立てて多いとは思いません。 無駄に景観を壊すことなく、要所要所をキッチリと押さえているような気がします。

金沢城公園 鶴の丸広場から望む五十間長屋

「鶴の丸広場」から「五十軒長屋」を撮りました。 ここは前田利家の正室・まつ(芳春院)に縁の場所です。

2002年に放送されていた大河ドラマ「利家とまつ」は、毎週楽しみに見ていました。 いつかは家内を連れて来たいと思っていた金沢でしたので、先ずは自己満足かも知れませんが、一つ願いが叶いました(^^) さて、そろそろ腹が減りましたww

つづく