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明日、気をつけて行って来なよ。

「明日、気をつけて行って来なヨ。」

約一ヶ月前、東京出張の前夜の事、普段と特に変わらない声掛け。 多分私は、翌日の出張を前に、関係資料の作成をしながら、パソコンに向き合っていたハズです。 そしてまるで生返事のように「はぁ~~い」と返事した事でしょう。 これが私が聞いた、母の最期の言葉でした。

それから僅か半日後、東京に降り立った無芸の許に、家内から電話がありました。

「母さんが緊急入院して、今、人工呼吸器を付けるんだよ… なるべく早く帰ってきて…」

全く理解不能な電話に、何度も聞き質すも、家内の声には、未だかつて無い緊迫した気配が感じられました。 とにかく出張先の大切なミーティングだけには出席し、急ぎ駆け戻ってみると、悪夢としか思えない母の姿が…

何で?? 昨日は全く元気だったハズなのに… 肺水腫になって、呼吸不全を起こしていると言います。 主治医の説明によると、母はARDS(急性呼吸窮迫症候群)に陥っていると言います。 初めて聞く病名でしたが、ネット検索してみると、かなり重篤な状態である事は明らかでした。

それから5週間、集中治療室での治療が続きました。 一時は人工呼吸器も外され、時折うっすらと意識を取り戻す事もありました。 しかし、一度も声を発する事は出来ず、躰も動かすことは出来ませんでした。

最期は家族全員が揃って死に水を取る事が出来たくらいが、母の最期のささやかな幸せだったのかも知れません。 そうでも思わないと、辛すぎて…

献花


母の亡骸を前にして、悲しくて仕方ないハズなのに、何故か思い切り泣けない無芸。 なのに母のために涙して下さる方々に、ありがたくて涙が出てきます。 そんなものなのでしょうか…

ウチは分家なので、母が初めての仏様になっちゃいました。 もう、普通だったらどうして良いやら、分からないものでしょうけど、多くの友達達がお手伝いしてくれて、何とか母を送り出す事が出来ました。

普段、何気にお付き合いを頂いている友人達なのですが、こんなにも頼もしく思えたのは初めてでした。 所謂「帳場」の仕事を、アドバイザーさんの手助けに頼ることなく、全て先読みをして万全の体制で臨んでくれました。 オマエら、何でそんなに頼もしいの?(泣)

母の葬儀には、無芸が思いも因らないほどの、多くの弔問・弔電を頂きました。 手前味噌ですが、今更ながら母の人徳の厚さを思い知らされました。 遠方にも関わらず、お別れに来て下さった友人達。 古馴染みの個人客のお客様。 無芸が知らなかった母の広い交友関係の皆様。 家業を支えて下さっている皆様。 Blogがきっかけで知り合った方まで…

極めつけは、同業の先輩夫人がお寄せ下さった追悼文。 遠く離れても、心通わせて頂いていた事が、無芸一家には手に取るように伝わって参りました。

共に事業創業者の妻として、筆舌に尽くしがたい苦労をしながらも、妻として、そして母として、可愛い孫に恵まれ、それまでの苦労を感じさせない、快活で明るく聡明な彼女だからこそ綴ることの出来た、まさに母へお贈り下さったレクイエムのようでした。

それを読みながら、無芸は号泣しそうになりましたね。 でも何故かまるで「千の風に乗って」のような、爽やかさに満ちていました。 本当はここに書かせて頂きたいくらいです。 最高の供養になりました。

こうして母を送ることになって、自分は甲斐性無しなのに、親の人徳で皆様方に支えて頂いている事を、心底知ることとなりました。 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。